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Résumé de l’exposé d’Alexandre MANGIN sur « La fête de Kii Nagashima et l’autochtonie »

研究発表要旨 紀伊長島祭りとオトクトニ 古来より霊的なつながりがある伊勢神宮と同じく、神社の造営に関わる20年に一度開催される祭りが、三重県紀北町の紀伊長島地区にある長島神社にて営まれている。その際、村民の一部は動員され、信者は大きな寄付金(一ヶ月の月給の三分の一まで)を納める。紀伊長島の神社は見事に自然と人間に恵まれている。このような立派な神社がこの漁村にあるのは、かつての漁業の隆盛を物語っている。平成23年5月4日・5日の2日間開催されたこの祭りを観察するため、神主をはじめ、浜畑氏という今回の宮総代を担当している方などのインタビューを行うほか祭りの調査を行った。祭りの具体的な企画展開やその裏を描写し、様々なインタビューから得た情報を基に、祭りの深い意味及び結果を紹介し分析を行う。 この祭りは漁民にとっては、非常に重要なイベントである。氏子や神社総代だけでなく、漁村の皆が多少に関わらず参加するイベントであり、村をそのリズムで活性化させるものでもある。この行事の際に表す感情を把握するために、フランスの郷土民俗学の用語「オトクトニ」(autochtonie)を使用する。オトクトニというのは、現地性の意識とアイデンティティーとプライドを表す概念であり、フランス語圏の人文科学界にて段々使用されつつある単語である。そのオトクトニはアイデンティティーのごとく、個人によって、時と場所によって変わるものである。紀伊長島の祭りの際、村民のオトクトニは準備の時期から徐々に盛り上がり、祭りの期間中に頂点に達し、次第に沈静化する。さらに、村を離れ都市に住んでいる若者たちはその際に里帰りをし、古里のオトクトニを出すさまを観察した。また、現在(福島の後)経済危機を経験している漁業は祭りの間、悩みを忘れ、一種の小さな「potlatch」を行い、珍しい贅沢を味わう。 情報提供者の一人である、宮総代の浜畑氏の経営する水産会社職員宿舎への宿泊により、氏が雇用している若いインドネシア人の漁業研修者の生活実態および祭りへの参加も観察できた。その低賃金の肉体労働者たちは月給の大半を国に送り、数年間日本に滞在する(8年間も日本で就労している者もいた)という状況である。彼らを雇用することは、二つの利点がある。まず、若い日本人が嫌がり避ける仕事を担い、かつ日本人よりも安い賃金で雇用できるということである。地域住民たちは、その対価として、彼らをコミュニティに受け入れ、祭りへの参加も認めている。発表者が観察したそのありかたは、若い外国人に対する恩着せがましさ(paternalisme)でもあると思われるが、それにしても文句を言う人はいないようである。彼らは他の漁民と一緒に、法被を着、プライドを持って祭りに参加し、所属感を見せていた。 最後に、宮総代や有力である漁業社長の飲み会に誘われ、祭りや漁業の裏の説明をしてもらう機会もあった。 また、発表者が書いた祭り(服装・山車など)のスケッチを見せ、録音した民謡を聞かせることによって、紀伊長島の祭りを紹介し、文化人類学的に分析する。 Publicités

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